OECDの教育スキル局就学前学校教育課でPISAを担当している小原ベルファリゆり様をお招きし、「PISAから見える日本の強み、課題」をテーマとした、オンラインワークショップに参加しました。
冒頭20分ほど、テーマについてのご講演を頂き、その後、ディスカッションテーマの投げかけを受けまして、質疑応答の時間がありました。
PISAから見る日本の現状
まず、PISAテストの結果が毎回発表されるたびに下がった上がったが取り上げられるが、2000年に導入されて以降、実はそのスコアは横ばいであり、これは他の国々と比べると安定して一定の水準を保っていると言える。
興味深いのは、PISAテストのスコアが高い東アジア諸国では、Growth Mindsetの値が低いということ。しかし、日本は高いそう。これは、強みのように見えるが、努力家だったり向上心の高い子どもたちの態度が反映されているからなのかと文化的文脈が影響しそうだと感じた。
課題点としては、学力が高くても、何かを達成するための不安感を持っていたり、知識と知識をつなげて問題を解決するいわゆる批判的思考力の弱さが挙げられた。
さらに、お金がこのような問題を解決するとは言えず、ある程度教育への投資をすると学力は上がらないというデータや、社会的経済的に不利な家庭が多い学校(親御さんの学歴・職業・お家にネットや本があるかどうかなど)には、資金が配分されていないという現状もある。
ちなみに、学力のみならず、ウェルビーイングの視点についても、学校への所属意識などの項目で測られているとのことだった。
メッセージと我々への問いかけ
これから求められるのは、新しい価値を生み出す、問題解決のスキルである、イノベーション力である。いかに、スキルを使い、責任感を持って行動していくか。多様な視点がある中で、それらを踏まえて、ぶつかり合うこととどうバランスをとって考えていくか、ナビゲートしていくかだという。さらに、話は生徒のエージェンシーにも亘った。生徒のエージェンシーとは、学びを通して、自分が行きたい方向を考慮して責任を取って行動するかだという。その力を見るには、生徒の意欲や態度を見ていく必要があると話す。今の日本の教育の課題とか何か、そして課題に対応するためのアクションとは何か、という問いかけでお話が終了した。
所感
最後の生徒のエージェンシーや意欲、態度の話は、ケイパビリティアプローチのファンクショニング(持っている能力を踏まえて何が行動としてできるか)に通ずると感じた。PISAでは成果を測りがちだが、そこに至る生徒の意欲や態度に注目をしているという話が印象的だった。
自分にできることはなんだろうと考えたときに、今は研究内容として、社会科教育や ESD: Education for Sustainable Development 、郷土学習における、ウェルビーイングに着目をしているので、この中で子どものエージェンシーが高まるきっかけを含んだカリキュラムメイキングをさらにしていきたいと思った。
学習指導要領が、10年おきに変化することについてのお話も非常に興味深かった。AIの進化もあり目まぐるしく変化する社会で、10年というスパンは長いのではということに対し、怒涛の変化についていく力を育む事も大切、指針が高頻度で変化したら変化に対応するためのマネジメントに労力が向いてしまう。それゆえ、10年、20年にまたがるカリキュラムで何を示すのかということは大切であるという。それも詳細に決めすぎず、学校に決定権を与え、先生に教え方をゆだねる、地域に根差したり環境と関連性がある内容で教えることが大切とお話してくださった。
ピーター先生のお話
日本の教育の専門家である、マンチェスター大学のピーターケイブ先生も参加されていたのだが、エージェンシーの話で、高齢化社会のなかで、若者の意見の比重が軽い現状を踏まえると、実は、英国の若者も、エージェンシーが低いとお話された。社会は変えられない、子ども一人じゃ変えられない。この問題は教育だけでは解決できず、大人の問題だとお話されていた。このお話を伺い、子どものファンクショニングを高めるためには、子どもを取り巻く大人たちがどのような考えや行動意欲をもっているのか、尋ねることがやはり大切だと感じた。
小原様からのメッセージ、再び
最後に、PISAテストで高スコアの国々の大臣や首相が大事と話す指標がある、それは、パーパス(学ぶ目的)とミーニング(学ぶ意義)である。目的を見つけてそれに向かうような学びであること、そして、学んでいる内容が、個人や地域、地球へとつながっていくような意味を持っていることであるという。
最近読んだ本が、梶田叡一先生の教育フォーラムの『<いのち>の教育』(2009)なのだが、その冒頭で、いのちのつながりや多様性のなかの「自分」を意識しなければ、あなたの責任で決めて行動しなさいと言われる社会では、自死を選ぶ子どもたちを止めることはできない、と仰っていた。
ピーター先生の仰るように、教育だけで解決できる問題はないが、問題解決のための責任や行動力が求められる社会において、子どもたちがプレッシャーを感じすぎず、どうせ変えられないと思わなさすぎないためには、他者、家族、祖先や、人間以外だと、自然環境だったり、おおきないのちの流れのつながりの先に、自分がいて、生かされていることを意識することが大切と思う。このつながり感を実感できれば、彼らは、健康な学びのパーパスやミーニング(ウェルビーイング)を自ら見出していくように思う。
現場の先生方が多く参加される中で、お話をとても前のめりで伺っていたのは、実は教職課程にいたときに抱いた、なぜこの内容を教える必要があるのか、この能力を育む必要があるのか、というカリキュラムに対する根本的な問いがいまでもあるからである。大人の押し付けにならない、諸課題を孕む現代社会における、子どもの健やかな成長のための羅針盤とは何か、考えるのが、大人の役割であり責任でもあると改めて思わされた。