ー表象のワーク、それと漱石の「二百十日」を通してー
最近、振り返りをする時間があまりなく、とはいえ、ふと電車でぼーっとしているときや家事をしながらも、自分が中学校で教えてきたことについてずっと考えていた。
それを、PCに向かって文字にする時間を取れなかった、心身ともに余裕が無かったというほうが正確だろう。
今回は、今年の大きな挑戦である中学校での勤務で気を付けたことについて振り返ってまとめてみる。
一番気を付けたのは、自分が多くの時間を費やして考えてきている研究テーマと、授業をどうつなげるか、ということだった。
大学で探究するのは学問で、中学校で扱うのは教科だとしたら。
学問は答えのない問いを立て、問いへの答え、つまり真理を追求し、教科は学問で誰かが考えたことを体系的にわかりやすくしたものか。
中学校の次期学習指導要領において、現行の総合的な学習の時間が、総合的な探究の時間へと名称を変えると言われている。選択肢が多様化した分、答えが多様化した社会では、問いの種類も多様化している。中学校段階においても、答えのない問いへの答えを自分なりに持つ大切さが問われている。
上半期は、中学校と同時に博士後期課程が開始したため、両者に十分な時間をとって準備したり、納得いくまで資料を読み込むとかがあまりできなかった。自分は長く抽象的な概念について考えてきたこともあり、授業で求められる、具体的に地表上の現象について伝えることへの工夫をどこまでできたのか?というのには、疑問が残っている。
それでも、教科教育の研究者としての側面を持つ自分ができること、これまで海外での生活をさせてもらっていた経験をどう、14歳に伝えていくか、一期一会であるから、「何を、どのように、そしてどこまで伝えるのか」をずっと考えていた上半期だった。
抽象的な概念←→具体的なエピソード
両者をどのタイミングで、どのスケールで何を例に出して伝えるのか、その塩梅を、生徒の状態に合わせて少しずつ変えていく、同じ日の1時間目と6時間目の授業でベースは同じでも、これは言わない方が本当に伝えたいことが伝わりそう、など、1日の中でも微妙な調整をしながら、取り組んできた。
教えることは、教えることでしか上達しないのだとつくづく実感する。ちょうど博士課程でも、学問地理における場所の概念を扱っていて、場所の概念をどのように生徒に伝えるか、自分なりに試行錯誤してきた。
場所論を語るうえで欠かせない、表象(Representation)という概念がある。人文地理学では、場所がどのように描かれ、語られるのかという「表象(representation)」が重要な論点の一つとなってきた。私自身が研究で参照しているTim Cresswellの場所論とも関連づけながら、今回は、生徒たちが九州地方をどのように表象するのかを考える活動を取り入れた。
この表象について、1スライド目を九州地方で自然環境と聞いて浮かべるイメージ、2枚目をそのイメージについての詳しい情報、3枚目を1枚目のスライドでは説明できない側面という3ステップで班で考えさせて、グーグルスライドの共同編集で編集させ、3分で発表させた。
STEP1 表象する九州についてのイメージを示す(画像1枚)
例:対馬の美しい海岸の写真(おいしいあなごもとれる)
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STEP2 根拠を調べる そのイメージを教科書などの資料から検討
例:対馬周辺を流れる海流の確認
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STEP3 表象を問い直す描かれなかった側面を明らかにする(新たな画像)
例:対馬は、実は「日本一海洋ごみが流れ着く島」であり、漂着物の写真
(参考資料:https://www.thinktheearth.net/think/2024/09/tsushima/(2026/10/13閲覧))
私が留学していたアメリカやイギリスの大学では、グループワークが多くあり、パッとグループを作って、あるいは指定されたグループで、いかに自分の役割を見つけてプロジェクトを進められるかが求められる。これは慣れと経験があればある程度できるものであるが、私はそれまであまり経験が無かったため、プロジェクトを引っ張ってくれるリーダーの言うままだった。グーグルスライドにも触れておいた方が後々便利だし、小グループでパッと発表までできような訓練をしておく必要がある。探究では伝える力というのも求められる。
そして、発表が終わってから、表象(Representation)と地理の話をしてみた。表象は、簡単に言えば、Re-presentationで、もう一度表し直す、ということで、それは今みんなが発表した内容そのもの。そして、地理を英語で言うと?Geographyだ。正確には異なるのだが、ざっくり説明すると、Geoは、地球で、Graphyは描く・記述する、という意味だ。地球についての記述、あるいは地球について描いたものが、地理であり、描いたものは、みんなの手元の地図帳にある。教科書の文章も記述であるが、描いたものは地図や資料となる。そのため、地図では視覚化が重要である。だから、地図コンテストがあったり、地図の読み取りが問われたりする。
表象のワークも、九州地方を視覚化するとき、誰が視覚化するかによっては、こぼれおちてしまう情報がある。そういった情報があることを、常に地図や資料を見る際に、考えてもらいたいという気持ちもある。九州地方の自然環境というと、世界自然遺産など美しい自然や島々のイメージがあると言って、そのような写真を1枚目に挙げた子がいた。しかし、島々の景観を守るためには人々の日々の努力が必要であるが、島の人口は少子高齢化しており、景観を守る人手不足であるという課題が見られるという結論が3枚目だった。実は、教科書的には自然環境×九州地方なのだが、夏休み前に扱った、他のテーマである交通や人口、気候などの7テーマを各班に1つあらかじめ振り分けておいた。これにより、九州地方について学ぶ共通視点は自然環境だが、各班異なるテーマとなる。先ほどの班のテーマは、自然環境(共通テーマ)×人口(班別テーマ)であった。
地理学には、人口や気候、産業といったテーマごとに地域を横断して考える系統地理と、特定の地域を多面的に捉える地誌というアプローチがある。今回は九州地方という一つの地域を学びながら、各班に異なるテーマを割り当て、自然環境との関係を多面的に考えてもらった。自然地理の側面からのみならず、せっかくなので、多方面からの視点を持ち寄って、みんなで共有するという形をとった。教師からだけの情報提供ではなく、生徒から持ち寄られた視点は、非常に多様で、私自身も、「その視点は授業でカバーできなかった点だな」と反省をできたりもして、それは新しい良い気付きだった。この表象のワークは、単元の最後の3時間で扱った。定期テスト返却で余った時間を活用できたりした。
自分の経験や見聞きしたことから、場所についてのイメージ(九州…くまモン?など)をすると思うのだが、自分のイメージはある物事の一面であり、物事は多面的であり、どんな立場の人がどんな想いで語るのかによって現れ方が異なる。
九州地方の導入として、最初の授業で紹介したのは、九州を舞台にした2つの話だった。一つは林芙美子の『放浪記』で、二つ目は夏目漱石の『二百十日』だった。
放浪記の冒頭、「私は宿命的に放浪者である。私は古里を持たない。」を紹介したのは、4月からHomeとは何か、生徒たちとずっと考えているからである。人々が場所に抱く感情により着目して論じたTuanが述べるように、
「地理学とは、人々のホームとしての地球を研究する学問(Tuan, 1991)」
でもあるため、ホームとは何か、地理を通じて探究するのは必然と言える。林芙美子氏は幼少期に主に長崎県や福岡県で、夏目漱石は熊本県で英語教師であったときの経験をベースに記述されている。記述をみんなで読んでいくと、林の九州での経験に紐づけられた感情は決してポジティブとは言えない、転校続きで友人が出来なかった、故郷を持たないことへの寂しさなど、場所に対する複雑な感情が読み取れる。夏目漱石の話は、阿蘇山を登山したときの経験に着想を得たとのことだが、ハラハラどきどきといった感情を追体験できる。
ところで、二百十日とは、何を意味するのか?立春から数えて二百十日目という意味で、いつ頃か?おおよそ9月1日頃で、台風などの災害が多いので、農家の方の間では気をつける必要がある時期で知られる。ちょうど九州地方の単元に入ったのが9月の第1週目だった。そのころは、ちょうど東京にも台風も来ていて、休校か?なんてみんなもハラハラしていた。

感情は記憶と結びつきやすい。各地方の文豪の作品を導入にして、登場した地名を地図帳で確認したりする。教科間連携で、国語とも自然に接続できそうだ。
九州地方について何を知ったか、ということだけでなく、自分が知っている九州地方は、誰かによって切り取られた一つの姿なのかもしれない、と少しでも考えるきっかけになっていたら嬉しい。地理を学ぶことは、世界について知ることだけでなく、自分が世界をどのように見ているのかを、改めて自問自答することでもある。
具体は出しつつも、他の物事に通ずる考え方や、他の場面でも使える汎用的なスキルというものを、私の経験を踏まえて、できる限り伝えようとしてきた上半期だった。下半期も、引き続きみんなとHomeについて考えていく。
(アイキャッチ画像は、水通しが良いため稲作に適さないという、シラス台地の説明で活躍した、私の畑で採れたさつまいも🍠の写真 😊)
参考文献
Tuan, Y.-F. (1991). A View of Geography. Geographical Review, 81(1), 99–107. https://doi.org/10.2307/215179